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歳をとること (2002/05/27)

マガジンハウスから出ている”GINZA”という雑誌に、吉本ばななの連載エッセイが掲載されています。
つい数日前、美容院でたまたまこの5月号のエッセイを読み、思わず美容師さんに「これコピーとって下さい!」ってお願いしてしまいました。

30代も半ばにかかり、今までの生き方を無意識に振り返っていることが多くなり、後悔はしていないけれど、ああいう選択もあったんじゃないかと思うこともあり、これからの生き方を突拍子もない方向で考えたり空想だけで逃げたり、いずれにしても歳をとっていくことに対して変な焦りや恐怖心や諦めや開き直りで心の中がぐっちゃぐちゃになっていた時だっただけに、このエッセイは、絡まった糸を1本ずつ解きほぐしてくれるような、私にとってはひとすじの光のようにさえ感じました。
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”気品と風格” 
(省略) 友達のイタリア人、アレちゃんのお母さんとおばさんはふたりとも未亡人で、多分60代。いつもいっしょにバカンスを過ごしている。スペインには6回も行ったわ、今度はどこに行きましょう、と話すふたりは自分の楽しみと孫と遊ぶ楽しみを全然区別していなかった。はじめての東京ではサルサバーに踊りに行ったり、目をきらきらさせてやはりはじめてのフカヒレとピータンを食べていた。
おばさんは大学の講座に通いはじめ、救急の蘇生術を含むいろいろな講座をとって勉強しているそうだ。
「これからはまわりに年寄りが多くなるし、必要だと思ったのよ。とても興味深い勉強だわ」と言っていた。
 アレちゃんのお母さんも、アレちゃんが引っ越した下宿の窓の大きさとドアの幅を言っただけで、翌週にはカーテンとドアの隙間に置く風よけのクッションを自分で作って送ってきた。すごい能力と行動力だ。
 ちまたで言われているような「イタリア人はママが強くてみんなマザコン」というのは嘘で、イタリアのお母さんは家族中を本当に魅了していなくてはならない、愛されている存在なのだ。
 ポメラートだとかブルガリとかで巨大なゴールドジュエリーを見るにつけ、「どういう人にこういうものが似合うんだろう」とよく思った。モデルや女優以外にどういう人が?と。だって、とても高そうに見えて外出時には恐ろしくてできないし、もしかしてずっと家にいて移動はいつも車という感じのマダムだけがするものなのだろうか?と思っていた。
 でも、アレちゃんのお母さんとおばさんを見て、なるほど、と初めて心から納得した。年齢が上になってきて、着るものと、人生の深みと、洗練と、顔の美しさと、これまでの人生に対する誇り高さと、きらきらと輝く好奇心を持ち続けている彼女たちにこそ、大ぶりのゴールドジュエリーは似つかわしいのだった。(省略)
 ジョルジョという友達のイタリア人のお母さんも、すばらしい人だった。大勢で遊びに行ったのにさりげなくおいしい料理をたくさん作り、優しくもてなしてくださった。クラス会で初恋の人に会って嬉しかったと語るときの彼女はとてもきれいだった。彼女は心臓発作で死ぬ直前まで、今年のバカンスはどこに行こうか、と楽しく予定をたてていたという。
 そうだ、死ぬ直前まで人は生きているのだから、自分で弱気になって終わりにしてはいけない、その話を聞いて、そういうふうに強く思った。
 日本では歳をとるまでにあれこれストイックに無茶をしすぎて体のメンテナンスを怠りがちになり、体の不調と共にどうしても人生を「もう歳だから」と投げ出してしまうことが多い。でも、沖縄で現役ばりばりで仕事をしているおじいさんやおばあさんに会うと、懐かしいようなほっとするような感じがする。それは歳をとるのはおそろしいことじゃない、自分の人生は自分のものだという確固とした姿勢が頼もしく感じられるからだろう。
 今から体に気をつけて、長く使えるようにすれば、いつまででも楽しいことは続いていくのだ。何をすることならがんばれて、何をしないでおくべきか、そんなふうに自分の人生をカスタマイズしてしぼりこんだ結果がちゃんと出る時期が、老年なのだと思う。
 この連載のイラストを描いてくれている原さんのお母さんは80過ぎだが笑顔は少女のように明るい。そして原さんのことを「ごはんを作ってくれるの。本当に優しいのよ、この子は」とほめたりするけれど、全然いやみな感じはしない。こっちもにこにこしてしまう。
 その人たち全てに共通するのは、「この人がいれば、大丈夫だ、どんなことがあってもこの人は変わらない」という安心感だ。それは、いろいろなことを経てどんどん許容量が大きくなってきた、個人の歴史がつくったひとつの芸術だと思う。
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”気品と風格”。一朝一夕には備わらない。でも、気持ちひとつによっては、自分を囲む空気がそれらしい雰囲気を醸し出すかも知れない。
誰かの気品を感じ取れる大人でありたいし、自分もそう感じてもらえるような歳のとり方をしたい。
そのためにどうすればいいかっていう明確な答えは、きっと存在しないのかも知れません。
答えは用意されてるんじゃなくて、自分でつくってくものなんでしょうね。ちょっと難しそうだけど。

ちなみに吉本ばななの小説は、イタリアでも「キッチン」をはじめ他の著書も翻訳・出版され、日本の作家の中では村上春樹と並んで人気の作家です。